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フリーランスウェブデザイナーArata-Atrasi-Takamiのブログ。服・靴・育児ときどき開発。

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アラブ・エクスプレス展にいってきた

  • 投稿日:2012/09/07

先日、家族で六本木森ビルにある森美術館に「アラブ・エクスプレス展」を見に行って来ました。美術展検索のiPhoneアプリをいじってて見つけたこのイベントは「アラブの美術の今を知る」というコンセプトで、自分にとっては「そういやアラブ圏の美術ってよく知らないな」と興味をそそられました。

詳しいイベント内容は下記の公式サイトをご覧になるのが良いかと思います。

 

「アラブ・エクスプレス展」

会場:森美術館

会期:2012年6月16日〜10月28日

料金:一般1,500円/学生(高校・大学生)1,000円/子供(4歳-中学生)500円

 

 

コンセプトにもあるように「アラブの美術の今を知る」ですから、内容は現代美術です。現代美術は何だかよく分からないものに偉そうな評論家が価値をつけてる様に言われがちですが、個人的には腕組みしながらウムムと見るよりも「なんじゃこれ?」と友人と談義しながらとか、素直に解説を読んで「へー」って感じで、力を抜いて割と軽いノリで見たほうが楽しみやすいんじゃないかと思います。

今回「アラブの美術」が題材なわけですが、正直言ってアラブの事って美術はおろか文化のこともよく知らんのです。

なんとなく漠然とあるイメージはこんな感じ。

  • 砂漠だらけ
  • 戦争や紛争がおきまくり
  • 厳しいイスラム教の国
  • 石油王みたいな人がいる
  • ドバイはやたら都会
  • みんな伝統衣装みたいな格好

多分多くの人もそう思ってるんじゃないでしょうか。まぁ実際そういう側面もあります。というか、TVやネットのニュース等で流れてくるアラブ圏の情報のほとんどがそういう側面じゃないでしょうか。

展覧会に行くと「アラブ圏ってそういう側面だけでもないよ」というメッセージが伝わってきます。

カフェがあったり、Tシャツにジーンズ姿で歩いたり、映画が制作されたり上映されていたり…。考えてみれば、そういう日常的な風景があることは至極当然なことなんですが、アラブ圏に対する先入観やイマジネーションの中で作り上げられたステレオタイプがあることに気付かされます。アラブ民族と一口に言っても、少数民族がいたりキリスト教徒やユダヤ教徒がいたり、実は結構多様性のある世界なんですね。

 

ちなみにアラブ・エクスプレス展では、動画やフラッシュ撮影はダメですが基本的に作品の写真撮影が許されています。私もいくつか気に入った作品を撮影してきました。

 リーム・アル・ガイス/ドバイ:その地には何が残されているのか?(2008/11年)

 

急速に発展する足元で大切な何かを見失っているんじゃないか、そんな不安や戸惑いを感じさせるような作品も多かったように感じました。特にドバイは70年代から約20年あまりで一気に激変し、観光ツアーが組まれるなど日本でも「素晴らしい繁栄の象徴」のように扱われていますが、ドバイの人の中にはその姿に何か引っかかるものを感じている方も少なくは無いのかも知れません。

 サーディク・クワイシュ・アル・フラージー/私の父が建てた家-昔むかし(2010年)

アラブ圏の中にはニュースでも報じられている通り、やはり目を覆いたくなるような戦争・紛争がある地域もあります。サーディク・クワイシュ・アル・フラージーの父はイラク出身で、作品では作者がやっと訪れることのできたイラクの実家で亡き父のスーツを目にした時のエピソードが描かれています。当たり前のようにある望郷の念がイラクを取り巻く環境と混じりあっている様には、何か考えさせられるものがありました。

かと言って、戦争や紛争をクローズアップしすぎる様なことに対しても、やはりアラブの人々は違和感を感じているようです。アラブ系というだけでテロリストであるかの様に見られてしまう…私達日本人はピンと来ませんが、9.11以降そんな眼差しを嫌というほど向けられてきたのかも知れません。

そういえば宗教対立や紛争に関する作品もありました。別に他の観覧客の方にどうこう言っても仕方ないんですが、その作品に食い入るようにカメラを向けて他の作品には目もくれず去っていく観覧客の方がいて、先入観どころか無意識にアラブ圏に対してステレオタイプを強要しているような側面があったりするんじゃ…なんて気がして、少し胸が痛くなるような感覚を覚えました。

 

 

 マハ・ムスタファ/ブラック・ファウンテン(2008年)

 アーデル・アービディーン/アイム・ソーリー(2008年)

なんだかんだ言ってアラブを「画面の向こうの異世界」としか認識してなかったかもなぁ…なんて思わされるような、皮肉めいた作品も結構ありました。アーデル・アービディーンの「アイム・ソーリー」もそんなニュアンスがあります。

ちなみに「アイム・ソーリー」の側には一人一個でお持ち帰りOKなキャンディがありました。キャンディには「I’m sorry」と書かれています。

まだ食べていませんが…どんな味でしょうwww

 

 

 

ちょっと癖のある展覧会かも知れませんが、ちょっと頭を柔らかくして遊びに行ってみると面白いかも知れません。今週末などいかがでしょうか。

 

最後に池上さんからw


「反則勝ち」騒動についてゴニョゴニョ

  • 投稿日:2012/07/31
By: Paul Hudson

実は小中学生の頃はスポーツが苦手で、運動会とか嫌いでしたし、スポーツの祭典であるオリンピックとか大ッキライでした。歳をとるにつれて素直に楽しめるようになりましたけどね。

今思えば自分が運動苦手だというコンプレックスの裏返しだったのだなぁと思います。とは言っても特別見ている協議があるわけでもなく、まぁ国際大会レベルだけチラッと見るいわゆる「ミーハー」ですね。

一応、水泳と少林寺拳法くらいのスポーツ経験はあります。その他は始めようとして挫折しています(笑)

 

ロンドンオリンピックが始まってからFacebookやmixi、Twitterなどでもオリンピック関連の話題が沢山出ています。ロンドンオリンピックのは日本時間では深夜帯になるので、朝起きてTwitterを見て「ああ、日本メダルとれたんだ」とか思ったりします。夜中ずっと起きてるほど体力ないっす。

 

そんなオリンピックの話題で溢れかえるTwitter上でちょっと事件がありました。今回のブログはちょいとそれについて自分なりの意見をまとめて書こうと思います。

 

事の発端は柔道女子57キロ級日本代表の松本薫(フォーリーフジャパン)が日本のロンドンオリンピック金メダル第一号となった決勝戦です。

決勝戦で松本選手はルーマニア代表のカプリイオリウ選手と対戦、その試合の中でカプリイオリウ選手による反則行為があったため、松本選手の一本となり試合が終了しました。その際に、朝日新聞の記者によるアカウントが下記のように報じています。

 

もしかしたらこの時点で「ん?」と違和感を覚えた方がいるかも知れません。恐らくその違和感を感じたのは「反則勝ち」という単語に対してではないでしょうか。今回のちょっとした騒動はコレでした。 Twitter上での反応は下記のような感じ。

 

 

 

違和感を感じた方はこう受け取ったのではないでしょうか?

「松本選手が反則行為をして勝った」

もちろん、そんな事実はありませんw

しかし、どうやらスポーツ・格闘・武道についてあまり知らない方にとっては「ハァ?」と受け取れたようです。というのも、以前からネット上で朝日新聞が「日本より韓国・中国寄りの報道をしている」と言われてきた延長もあったと思います。上記で紹介したツイートのうち2つ目は「捏造」「反日」というハッシュタグまで付与されています。

 

朝日新聞が実際に中韓よりの報道をしてるかどうかはこの際置いといて、実際のところ「反則勝ち」という言葉はどうなのか、といいますと正式なスポーツ用語です。

大手スポーツ用語辞書サイトのS-Wordsから引用させて頂きますと。

反則勝ち
柔道競技における勝ち方の一種。試合者の一方による反則の一定レベル以上の累積により、他方の試合者の勝ちが自動的に決定する勝ち方。国際柔道連盟 (IJF:International Judo Federation)規定では、試合者の一方に「指導」 が4回或いは「反則負け」判定が1回与えられた時、講道館規定では「反則負け」判定が1回与えられたとき、他方の勝ちとなる。「反則負け」対象となるの は、肘関節以外の関節を用いること、場外で技をかけることなどIJF規定では11項目、講道館規定では1項目。反則勝ちは広義の「一本勝ち」に含まれる。

 

私自身は柔道なんて学校の体育の授業でしかやったことも無いですし、正直柔道に関してはド素人です。ただ前述の通り少林寺拳法をやっていたことがあり、反則行為を犯して負けになる「反則負け」という言葉に対して「反則勝ち」という言葉が正式なスポーツ用語としてあることは知っていました。そのため「え?な んで騒いでるの?」という感覚だったんですが…。

当然ながらTwitter上でも「反則勝ちは正式な用語ですよ」という人が大勢でてきました。朝日新聞の当該アカウントでも

 

と釈明してます。誤解を招いたかどうかは別として「反則勝ち」は公式な記録として使われる用語なんですね。誤解を招くかどうかにかかわらず、これは純然たる事実です。

それに対してこんな意見もあります。

 

ふむ、これは少し一理あると思います。というのは、マスメディアが大衆に向けて発信されるパブリックな媒体である限り、一部マニアではく大半を占めるであろう大衆に分かるように発信する必要性が出てくるのでは?というのも頷けるからです。

これってスポーツに限らず、原発問題についてだってそうですよね。ベクレルとかシーベルトなんて単位はドラえもん・トトロどころかスポーツよりも遥かに認知度は低いでしょう。それをそのまま伝えても「え?それってどういう単位なの?」という疑問についてメディアが情報を提供しないと、それは極端な表現ですが「学術書を読み上げたに過ぎない」という話になります。

とはいっても、これはあくまで「柔道の話」で「柔道についてのツイート」ですから、当然ながら「柔道における常識」で「反則勝ち」という表現を用いたのは不適切とは思わないんですよね。結局原発問題を語る時にシーベルトやベクレルやベント等という言葉を使わないわけにはいかない場面があるように、柔道においても同様の事が言えるわけです。

「誤解を招く」をどこまで許容するか、凄く微妙なんですが。あまりに「これは不適切」という事を突き詰めてしまうと、使える言葉が極端に減ってしまうんじゃないの?それって言語としては後退なんじゃないの?万人に使える表現ってそもそも成立しうるの?など、様々な疑問が湧いてきてしまいます。

私自身の欲を言うなら、「反則勝ちは公式な表現です」という説明もすれば良かったかな…と。まぁ書いても「嘘つけ!」とかって反応がきそうですけどw

 

すぐに誤解を招いたと謝罪したこの朝日新聞記者は大人だったなぁという印象です。

 

 

今回の場合、特集番組を組んだわけでもまとまった記事を書いたのでもなく、140字という制限のあるTwitterという媒体で、しかも速効性のある形で報じたため「反則勝ち」が正式な言葉であるということを伝えきる前に、炎上へとつながったのかな…というのがざっくりとした私の感触です。

個人的にはこれは事故だ、と。

 

まぁ「不幸な事故でしたね」で終わらせてもしゃーないんで、一応意見らしいことを書きますと。Twitterの性質上リアルタイム性が強いメディアですんで、疑問に思ったことについて精査しないままレスポンスをするいわゆる「脊髄反射レス」が非常に多いと思います。また、投稿する側についても「これは誤解を生むかも知れないから」というチェックをする前に投稿してしまう事が多いと思います。この辺が2chあたりで「バカッター」なんて呼ばれる所以かも知れないです。

「売り言葉に買い言葉」ではないですけど、つい勢いのまま喧嘩に発展してしまった…なんていう状況に今回のケースは近いんじゃないでしょうか。

正直、ニュースの内容としてはむしろ日本にとって喜ばしいニュースですんで、今回のような炎上騒ぎは起こる必要もないのに起きてしまったという感じです。こうならないためにも、一度冷静になってからポストボタンを押すように気をつけたいものですね。自戒もこめて。

 

(勝手に)総括

 

みんな落ち着け

 

っていうか

 

素直に金メダル喜べ

 

松本選手、おめでとうございます!