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フリーランスウェブデザイナーArata-Atrasi-Takamiのブログ。服・靴・育児ときどき開発。

Tag Archives: ライブハウス

下北沢屋根裏の思い出を探っていたら

  • 投稿日:2015/03/09

先日3月をもって閉店となる下北沢屋根裏についてのブログを書きましたが、なんか懐かしくなって「下北沢屋根裏でライブやった時の写真ないかな〜」と漁ったら、こんなの出てきました。

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我ながらすごい顔。何でこんな顔してるんでしょう。

 

バンドマンそれぞれ色んな癖があると思いますが、私の場合はステージ上とかで気持ちが高揚すると「白目をむく」という癖がありまして、恐らくその状態に陥ってると思います。ナイショのお薬やってるとか変顔狙ってるわけじゃなく、ナチュラルでこの顔になるんですね。ますますもってヤバイです。

もうちょいマシな写真もありました。眉毛ないですね。

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その昔、学生時代に髪の毛を赤く染めた際に「眉毛と髭が黒いのは変!」といって眉と髭を脱色・染色したことがあります。自分でもビックリしたんですけどね、眉毛とか溶けて消えるんですよね。髭の方も薬剤の刺激が強いせいか、毛だけじゃなくて根本の皮膚が赤くヒリヒリしてまして、「赤く染める」ってそういう意味じゃねえ!と心のなかで虚しく叫びましたね。

それ以来、なかなか眉が生え揃うのに時間を要したため当時の写真の多くは眉なしなのです。

 

まーでもロックバンドだし憧れのキングブラザーズ・マーヤ先輩も眉なしだったし、それも良いかなと思って「眉毛は国道20号に置いてきた!」などの名(迷)MCネタも誕生したのでした。

機会あってその憧れのキングブラザーズとライブをご一緒させて頂いた際

 

マーヤさん「眉ないやん…!」

 

マーヤさんにそれ言われるとはね…。

なお、写真で胸から腹にかけて「ユートピア」と書いてあるのですが、なぜユートピアと書いてあるのか理由は思い出せません。

 

先日、下北沢屋根裏にご挨拶に行ってきました。

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屋根裏スタッフのY店長・M君と一緒に記念写真。なんか高速移動してますね。この日は本当は2人とも休みだったらしいのですが、出演者やオーディエンスの皆さんになるべく挨拶したいということで来ていました。もうあと少しで閉店だというのに、昔から変わらない明るくて人懐っこい空気がありました。

 

最終日二日間はスペシャルイベントやるってよ!

下北沢屋根裏オフィシャルサイト

 

 


下北沢屋根裏

  • 投稿日:2015/02/01

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先日、老舗ライブハウス下北沢屋根裏が2015年3月いっぱいでの閉店を発表しました。約29年もの間営業されていたとのことです。ネット上の反応を見ると何気に「出演したことはないけど残念」「一度行ってみたかった」という声が多く、長きにわたって愛されてきたライブハウスは直接関わったことがない人も、多少なりとも何かを感じたりするものなのだな…と、改めてその歴史の深さを認識しました。

http://shimoyane.com/

私が下北沢屋根裏に初めて出演したのはいつだったかハッキリ覚えていませんが、約15・6年ほど前じゃないでしょうか。初めてステージに立った時は「甲本ヒロトと同じ場所に立っているのか…」と身震いしたのを覚えています。その後、下北沢屋根裏に定期的に出演するようになりYさん・Mくんはじめスタッフの皆様には沢山お世話になりました。

 

私のバンド活動が次第に少なくなってきた頃、ちょっとした用事もあって音楽活動ではない形で下北沢屋根裏に関わることになりました。バンドでお世話になったぶん何かしらの恩返しができれば…という感じで、今日までバンド活動をストップした後も長いお付き合いをさせて頂きました。

その用事のこともあって2014年の12月くらいに連絡を取っていたのですが、その際にYさんから「もしかしたら閉店すすることになるかも」ということを伺いました。その時はまだどうなるか決まってなかったので、くれぐれも他言無用ということだったのですが、年が明け1月の中旬くらいに閉店が決まったことを聞きました。

 

渋谷屋根裏や新宿ACBなど老舗と呼ばれるライブハウスが次第に無くなっていく中、特に馴染み深かった下北沢屋根裏が無くなるというのは何とも寂しい気持ちです。ライブハウスを取り巻く環境も変わってきたので、ライブハウスも従来のやり方だけでは生き残っていく事は難しいのかも知れません。またライブハウスもそれぞれに事情を抱えており、それを踏まえた上でどうしていくのがベターなのか考え続けないとならないのかも知れません。

私の立場から色んな事を言うわけにはいかないのですが、下北沢屋根裏というライブハウスは決して寒々しい事ばかりでこの結果に至ったのではなく、そこには色んな人のドラマとも言うべきことが沢山あったのだということだけは書き残しておきたいと思います。

 

屋根裏に限らず、私はバンドマン時代はライブ以外でも何かとライブハウスで多くの時間を過ごしました。打ち上げ後にそのまま客席の隅っこで寝込んだり、掃除をしながら雑談をしたり、友達ができたり、喧嘩をしたり、恋に落ちたり。ちなみに嫁は都内の某ライブハウスで知り合いました(蛇足)

東日本大震災の発生当時、都内をはじめとする多くのライブハウスが場所を解放し、緊急の避難所となったと聞きます。ライブハウスは単に「ライブをやる・見る場所」ではなくて、人が集まって色んな何かがある場所なんですね。そういう場所って、その時はそれほど意識していなくても実はとってもかけがえの無い場所だと気づく時があります。

 

下北沢屋根裏というライブハウスは3月で閉まってしまいますが、若いバンドマンやオーディエンスはもちろん、近隣の方々にとっても、そういうかけがえの無い場所が在り続けることを願います。

下北沢屋根裏のスタッフの皆様の次なるご活躍を祈るとともに、感謝の意を表します。